現代悉曇解説 (蘊蓄と能書き)
※梵語(ぼんご)=サンスクリット 印語(いんご)=ヒンディ 
 梵読(ぼんどく)=サンスクリットの読み方 印読(いんどく)=ヒンディの読み方
 連声(れんじょう)=音の圧縮,サンディ
 種子字(しゅしじ)=諸尊を表す梵字(主に一文字)で他に種子、種字などとも書く

● 現代悉曇 ● 古代印度で生れ、何故か日本の仏教だけに生き残った摩訶不思議な聖なる文字"梵字"。又の名を"悉曇(シッタン)"と呼ぶ。悉曇とは"siddham,"の音訳です。歴史上、六世紀頃に印度北部で流行したブラーフミー文字系、グプタ文字の一書体の"シッダマートリカー体(siddham:atr,ka:)"が仏教典と共に中国に伝わり、書道美化された文字と伝えられています。異国の文字ですが、日本の仏教美術にうまく溶け込んだ理由は、やはり梵字独特の[美]だと思います。昨今では仏教のみならず、デザイン、ファッション等に多用され、特に刺青先進国である日本で重用されるこの文字を諸外国の方々が無視出来ないのも事実かと思います。しかし、その解釈は仏教用文字との認識が一般的ですが、実は単なる表音文字(音を表す字)です。表意(種子字や字義など)に重きを置いたのは後年、中国、日本やチベットに渡った密教から...。事実、本家印度では表意文字としての役割は余り見られません...そこでこの文字を梵語や仏尊の種子字だけの使用では惜しい存在ではないのか?、と感じ、梵語の子孫である現代印語の外来音表記法に活路を求めました。それを梵字が現代に蘇る表記法則[現代悉曇]であるとさせていただきます。
● 梵字の表記順 ● 梵印文字の表記順は、とても優れた配置ですが、私共には、なじみのない順序です。本書では、子音を誰にも分かりやすい"アルファベット"順に並べ変えました。しかし、母音の順は梵語,印語,日本語共に共通ですので、"アイウエオ"の順に並べました。
● 梵字の字形 ● 梵字の書かれた時代、地域、流派や誤字など異説は数多くあり、参考書等でもそれぞれ字形が違うので悩まれた方も多いかと思います。本書では多数の字形や論説や現代字形への推移など検討し、一番に梵字らしさ、美しさを考慮しました。もちろん異論がある方もいると思いますが、その場合は本書の表記法を参考に御自身の信じる字体で書かれても問題ありません。
● 梵字の発音 ● 本書と日本の伝承悉曇学とは数カ所相違点があります。まずは復重母音です。[ae]は伝承では[アイ.ai]ですが、実際の発音は英語の[]に近く、aとeの連声によって生じますので、本書では[アェ.ae]とし、[ao]は、伝承は[アウ.au]ですが、実際の発音はアーとオーの中間音で英語の[]に近く、aとoの連声によって生じますので、本書では[アォ.ao]とします。次に子音ですが、相違の代表例として[ha]、伝承は[カ]とされていますが、実際の発音は[ハ]です。有名な単語maha:ra:ja(大王)は[マハーラージャ]であり[マカラジャ]ではないはずです。又、有帯気子音は[kha]と[khi]の例では、伝承は[キャ]と[キ]ですが、ネイティヴの発音を聞くと[カハァ]と[カハィ]と聞こえます。本書では帯気音を[’]と表記し、それぞれ[カ’ァ], [カ’ィ]とします。帯気音記号(涅槃点のh,)は伝承は[ク]に固定されていますが、本来は前後の音で変化しますのでハ行、又は変化後の音で書き表わします。最後に重子音[jn~a]は伝承は[ジュニャ]とされていますが、実際の発音は[ギャ]に近いです。これら相違の理由として中国で音訳意訳された漢文教典を日本読みに直した為とも、当時の日本語の発音が違う為とも言われています。日本の悉曇学は印度からの直接の伝来も無く、その後、たよりの中国との交流が近年まで無く、長期間なんの手立てもなく隠密に伝承されてきた歴史がありました。いずれにしても便宜上の日本語表記なので正確な発音はここではふれません。現代でも地域で発音が異なり、すべての方々が納得する日本語表記は大変難しいでしょう。詳しくは梵語参考書を参照下さい。
● 梵字のローマ字表記 ● 梵印語のローマ字での表記法は複数存在し、有名な所ではHarvard-Kyoto表記法です。本書は内部でデジタルパーツを使用したので、大文字小文字で区別する上記の表記法ではデジタル上不都合(大、小文字も同じデータ名で認識)でした。そこで本書では英字記号(,.'_:)を使い表記の工夫を致しました。なれて頂くと不便なく御使用になれると思います。発音記号の横にその他のローマ字表記も書いてありますので合わせてご覧下さい。
● 潜在母音a(ア)に関して ● 外来音の表記法で一番むずかしい点は、梵語と印語の最大の相違点である、潜在母音a(ア)の発音の有無だと思います。梵印文字の子音は記号が何も付かない状態では潜在母音(ア)を含んでいます。梵読は文字通り読めば良いのですが、印読では音節(音声の聞こえのまとまり)で潜在母音の発音の有無があります。その為に本書では梵読と印読の区別をしているわけで、印語はもちろん外来語である日本語も英語も印読になります。
● 母音aの長音化 ● 上記の法則は英語の表記にはとても有利に働きますが、日本語の"ア段"を表記する場合多少工夫が必要です。語頭や直後に母音や重子音が有る場合は無条件で発音されますが、語中末では保証が有りません。そこで発音されないア段を"アー段"にすることで、この問題を解消出来ますし、実際の発音もそれに近いです。迷った場合は全てアー段にしても問題有りません。日本人名の具体例では、配置によって字形が変わるものには語頭型と語中末型を分けてあります。名前の最初には語頭型を使用し、名前の中間や終わりに来る場合は語中末型を使用して下さい。迷ったときは語中末型を使えば間違い無いでしょう。
● 日本語は梵読で良いのでは? ● しかし梵読では母音の連続が"連声"により変化(アイやウエなどはエやウェになる)するので問題が起こり、日本語に多い母音の連続が表記ができません。又、連続子音で終われず、英語等の外来語の表記にも向きません。しかし印語の外来語表記法にはこの法則が適用しないので、日本語、英語とも[現代悉曇]表記法に統一いたしました。
● 母音エ、オに関して ● 梵印語には短いエやオがなく、それぞれ[エー]、[エィ]や[オー]、[オゥ]に聞こえます。eとoを短母音エ、オの代用として使用していますので、英二(エイジ)などのエイは[e]でも本来の音に近いのですが、気になる方は[e]+[i]と書いても良いでしょう。太郎(タロウ)などのオウは[o]でオゥとなるので、これもuを付けなくとも本来の音に近いです。ローマ字表記はTaroになり、小野(オノ)と大野(オオノ)の表記はともにOnoになります。ヘボン式の[oh]などの[h]の表記は梵印語ではh音になるので危険ですし、逆に短母音で発音されます。どうしても気になる方はta+ro+u又はta+raoとしても良いかと思いますが、推奨はいたしません。
● 鼻音に関して ● 印語では外来語の鼻音の"ン"を子音"n"で表す事が多いですが、本書では出来る限り鼻音化記号"空点"を使用しました。理由として一番に梵字らしさ、鼻音を文字で書くと[ンやN,M]だけですが、実際の私たちの発音では、後に続く音で無意識に使い分けています。すなわち梵印文字の[n'/n~/n,/n/m]の音になる可能性が有る訳で、鼻音化記号の法則から外れているとは限らないからです(我々もbやp子音の前では無意識にm鼻音、kやg子音の前ではn'鼻音となる)。又、本来は語末に鼻子音化記号は表れないとされますが、梵語では多用されていることから、本書ではn音をすべて鼻音化記号で表しました。
● 促音に関して ● 梵語では(子)短母音+"子音の連続"は促音(つまる音[っ]で表される部分の音)になりますが、本書では印語の外来語表記法に従い、(子)母音+"同系子音の連続"のみ促音といたします。つまりローマ字表記と同じスペルになります。例として切手(kitte)など。
● 新しい子音表記に関して ● 子音も外来音を表す為、元来有った近い音の文字に"ビンドゥ"を書き外来子音を表しています。現在印語辞書に載るものはk,a[]/kh,a[]/g,a[]/j,a[]/ph,a[]ですが、本書では印度では同音のvとwにビンドゥで区別したwa[]。通常ではthe[]はdaで、tha[]はthaで代用しているビンドゥ付きのd'a[]とth'a[]を新設しました。これらの新しい子音文字は無理に使用せず、従来の表記法で構わないという考え方は、印語の外来音表記法と本書も同じ考えです。
● 英語の地名と人名 ● 国、地名は印語辞書に載る表記にしたがい、人名はスペルで考えられる表記と発音で考えられる表記と相違がある場合又、同じスペルで発音が違う場合の2,3種用意したのでお好みでお選び下さい。発音は英語辞書の発音記号にしたがいました。梵語時代から有る地名は梵語表記もしております。
● 英語のTとDの表記に関して ● 印語では英語のTとDには、それぞれ舌音の"t,"と"d,"をあてていて、実際の発音もそれに近い様です。しかし本書では、字形の梵字らしさ、梵語での使用頻度の高さ、そして日本語音と共通させる為に、それぞれ歯音の"t"と"d"を採用しております。もちろん舌音の"t,"と"d,"に書き換えても問題ありません。
● 種子字に関して ● "種子字"とは仏教で諸尊を表す表意文字化された梵字のことで、"種子"や"種字"とも言われますが、"種子"は仏教で他の意味(原因の意)も有りますので本書では"種子字"と表記します。その解釈は教典、流派、時代などで数多くの説が有ります。これらも異論が有る場合、御自身の信じる配仏に変更されて差し支え有りません。

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